偏った生前贈与の遺留分。長女マンション手放しを防ぐ対策4選
溺愛した長女にだけ生前にマンション5,000万円相当を買い与えた父。父の死後、残った預貯金1,000万円を長男が「遺留分侵害」として請求。基礎財産6,000万円×長男の遺留分1/4=1,500万円の支払義務が長女に発生。
長女は現金を用意できず、贈与されたマンションを売却して長男に代償金1,000万円を支払う羽目に。2年間の遺留分侵害額請求手続き、兄弟関係の完全崩壊、マンション売却で300万円の譲渡所得税も発生した。
もし父が遺留分を考慮した贈与額の設計+代償金原資の生命保険+遺留分放棄の家裁申立て+付言事項で兄弟への配慮の4つを準備していれば、結末は大きく変わっていました。長女はマンションを維持し、長男も遺留分相当を受け取れたはずです。
長女のマンション手放し回避(+3,000万円)、長男の遺留分相当受領、兄弟関係の維持が両立できたケースです。
法務省の相続法改正(2019年7月施行)により、遺留分制度は大きく変わりました。遺留分侵害請求は金銭債権化し、受贈者が現金を用意できない場合は贈与財産の売却を余儀なくされます。遺留分は配偶者・子・直系尊属に認められる「最低限の取り分」で、偏った生前贈与をしても崩せない強力な権利です。
この記事では、父の愛情から始まった偏った贈与が、遺留分請求により長女のマンション売却という悲劇を生んだ実話を取り上げます。遺留分を考慮した贈与設計の重要性を解説します。
この記事は以下のような方に読んでいただきたい内容です。
- 特定の子に不動産・現金を偏って贈与済み/贈与予定の方
- 兄弟間で贈与額に差があることを気にしている方
- 遺留分の仕組みがよく分からない方
- 生前贈与と遺言のバランス設計を知りたい方
- 贈与された財産の持ち戻し・遺留分侵害請求が心配な方
概要 ── 父の偏愛と5,000万円マンション
今回のケースは、父の偏愛的な生前贈与が遺留分請求で覆された典型例です。相談者は長男・Rさん(48歳)。父が長女(妹)にだけマンションを買い与えた事実を知った時の心境、そして遺留分を行使した結果、妹がマンションを手放す結末になった話です。
- 父(享年75歳):元会社役員。長女を溺愛し、8年前に長女の居住用マンション5,000万円を購入して贈与(贈与税は長女が支払い)。
- 長女(45歳):贈与されたマンションに夫と居住。会社員だが手取りは多くなく、現金の備えはない。
- 長男・Rさん(48歳・相談者):中堅管理職。長女への偏愛を感じつつも、相続までは表面化させないつもりだった。
相続財産の内訳 ── 預貯金1,000万円のみ
- 相続時の遺産:預貯金1,000万円(母は既に他界)
- 長女への生前贈与:マンション5,000万円相当(8年前、相続開始の10年以内)
- 遺留分算定の基礎財産:相続財産1,000万円+贈与財産5,000万円=6,000万円
- 法定相続人:長男・長女の2人
- 長男の遺留分:基礎財産6,000万円×法定相続分1/2×遺留分1/2=1,500万円
遺留分と民法1044条 ── 生前贈与も算入
8年も前の贈与なのに、相続時の計算に入るんですか?
入ります。民法第1044条により、相続開始前10年間の相続人への贈与は遺留分算定の基礎財産に加算されます。2019年7月施行の法改正で期間制限が明確化されました(改正前は期間の上限なし)。
8年前の贈与は10年以内なので確実に算入。さらに「遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与」は期間制限なく算入されるので、父が他の子の遺留分を知りながら偏愛的贈与をした場合は、10年を超えても対象になります。
遺留分の計算 ── 長男1,500万円
遺留分の計算ステップ
- 基礎財産の確定:相続財産(預貯金1,000万円)+ 贈与財産(マンション5,000万円)= 6,000万円
- 総体的遺留分:子が相続人の場合は1/2 → 3,000万円
- 個別遺留分:総体的遺留分 × 法定相続分 = 3,000万円 × 1/2 = 1,500万円
- 既受取分の控除:長男は相続で預貯金500万円を既に受領(法定分半分)→ 残り1,000万円が侵害額
実際には長男は長女に1,000万円を遺留分侵害額として請求することになりました。
遺留分侵害額請求 ── 2019年改正で金銭債権化
2019年7月1日の相続法改正で、遺留分請求は「金銭債権」に統一されました(民法第1046条)。改正前は「不動産の持分」を要求することも可能でしたが、改正後は原則として金銭での支払いを請求する形になります。
つまり長男が「マンションの持分を1/4よこせ」とは言えず、「1,000万円の現金を払え」と請求する形になります。受贈者(長女)に現金がなければ、贈与財産を売却して金銭化するしかありません。
長女の窮地 ── 現金が用意できない
兄から内容証明で「遺留分侵害額1,000万円を支払え」と通知が届いたとき、青ざめました。私の年収は500万円、夫も同じくらい。貯金は200万円しかない。
銀行にローンを相談しても「マンションには既に住宅ローンが残っていて、追加の担保設定は困難」「無担保1,000万円の個人ローンは無理」と言われ、マンションを売却するしか選択肢がなくなりました。
マンション売却と譲渡所得税
8年住んだマンションを売却。贈与時5,000万円のマンションは現在4,800万円で売れました。住宅ローン残債2,000万円を返済、兄への1,000万円を支払い、譲渡所得税300万円(贈与時の取得費から200万円の譲渡益計算)、仲介手数料150万円を控除して、手元に残ったのは約1,350万円。
一方、住む家を失って賃貸に引っ越し。月額家賃20万円の負担増も始まりました。兄から「悪く思うな、法律どおりだ」と言われても、心情的には許せない状態です。
結末 ── マンション手放し、兄弟断絶
【長女】マンション売却後の手元残り:1,350万円(贈与された5,000万円の実質価値が激減)
- マンション売却額:4,800万円
- 住宅ローン残債:-2,000万円
- 長男への遺留分支払:-1,000万円
- 譲渡所得税:-300万円
- 売却仲介手数料:-150万円
- 手元残り:1,350万円(ただし住む家を失う)
- 非金銭コスト:住居喪失、兄弟関係の完全崩壊、母方の親族からも孤立、賃貸への転居負担
かかった費用・時間 ── 2年、譲渡税300万円
金銭コスト:譲渡税300万円+仲介料150万円+代償金1,000万円 / 期間:2年(請求通知〜売却完了)
- 譲渡所得税:300万円
- 売却仲介手数料:150万円
- 長男への代償金:1,000万円
- 弁護士相談料:30万円
- 引越し・転居費用:50万円
- 非金銭コスト:住居喪失、兄弟関係の断絶、長期のストレス、毎月の家賃負担20万円の新規発生
振り返り・教訓 ── バランス設計で防げた
遺留分対策の4つの方法を比較する
偏った贈与後に遺留分侵害額請求を受けた場合の備えとして、4つの対策を比較します。
| 対策 | 仕組み | 費用 | 実効性 | 向いているケース |
|---|---|---|---|---|
| バランス設計(贈与額抑制) | 他の相続人の遺留分を侵害しない範囲に | 贈与税のみ | ◎ 根本対策 | 贈与計画段階(本命) |
| 生命保険(代償金原資) | 他の相続人を受取人に保険加入 | 保険料(年間数万円〜) | ○ 請求放棄の動機形成 | 既に偏った贈与をした場合 |
| 遺留分放棄の家裁申立 | 生前に他の相続人が家裁で放棄 | 申立費・見返り金 | ◎ 完全排除 | 事業承継など重要資産集中 |
| 付言事項・家族会議 | 遺言に想いを残す+話し合い | 無料〜遺言5万円 | △ 心理的抑止のみ | 家族関係良好+補完策として |
出典: 民法第1042条・第1049条(遺留分・遺留分放棄) / 裁判所「遺留分放棄の許可」
対策1:遺留分を考慮した贈与額設計
父が長女に贈与する時点で、長男の遺留分(総財産の1/4)を計算し、贈与額を抑えるか現金を同時に留保。例えば長女にマンション3,000万円、長男に現金1,500万円というバランス設計なら紛争は起きない。
対策2:代償金原資としての生命保険
父が生命保険に加入し、受取人を長男に指定して1,000万円を受け取れるようにする。保険金は遺産分割・遺留分計算の対象外(みなし相続財産だが遺留分算定からは除外)で、長男は遺留分侵害請求を放棄しやすい。
対策3:遺留分放棄の家裁申立て
父の生前に長男に「遺留分の放棄」を家庭裁判所で申立ててもらう(民法第1049条)。放棄には家裁の許可が必要で、本人の自由意思と見返りの確保が要件。長男に代わりの利益(他の現金贈与等)と引き換えに放棄してもらう交渉を父が行う。
対策4:付言事項で家族への配慮を表明
遺言書の付言事項に「長女にマンションを贈与した理由」「長男への感謝と遺留分を行使しない願い」を記載。法的拘束力はないが、長男が遺留分請求を躊躇する心理的効果がある。
前提:父が贈与前に家族会議を開き、遺留分を考慮した配分と生命保険・付言事項を準備していた場合。
- 長女:マンション維持(5,000万円相当)
- 長男:預貯金500万円+生命保険1,000万円=1,500万円(遺留分相当を確保)
- 手続き期間:3ヶ月(通常の相続手続きのみ)
- 対策費用:生命保険料(数百万円規模の保険で年間数万円)+遺言作成5万円
- 長女の実質取得:実際 1,350万円(住居喪失) → 対策実施 マンション維持5,000万円相当(差:+3,650万円)
- 長男の取得:実際 1,500万円(相続500万円+請求1,000万円) → 対策実施 1,500万円(相続+保険)(同額、紛争なし)
- 兄弟関係:完全断絶 → 維持
- 期間:2年の紛争 → 3ヶ月
参考判例・条文
本記事の論点(生前贈与・遺留分・侵害額請求)に関連する代表的な判例・条文:
- 最決平成16年10月29日(民集58巻7号1979頁): 死亡保険金は原則特別受益に該当しないが、「著しい不公平」がある場合は民法903条類推適用で持戻し対象になると判示。本件の5,000万円マンション贈与のような顕著な不公平への対応の根拠。
- 最判令和元年12月24日: 「相続させる旨の遺言」で遺留分が侵害された事案。本件のような偏った贈与後の遺留分侵害額請求の実務的な処理の先例。
- 民法第1042条(遺留分の割合): 総体的遺留分は直系尊属のみ1/3、それ以外は1/2。
- 民法第1044条(生前贈与の算入): 相続開始前10年以内の相続人への贈与は遺留分算定の基礎財産に算入される。
- 民法第1046条(遺留分侵害額請求): 2019年7月改正で金銭債権化。受贈者に現金支払いを請求する権利。
- 民法第1049条(遺留分の事前放棄): 生前に家裁の許可を得て遺留分を放棄できる制度。
※ 詳細は記事末尾の「法的根拠・参照元」ボックスのリンクを参照。
まとめ
- 偏った生前贈与は相続開始前10年以内の贈与が遺留分計算に算入される(民法1044条)
- 2019年改正で遺留分請求は金銭債権に統一、現金がなければ贈与財産を売却するしかない
- 受贈者の居住用マンション等、売却困難な財産への贈与は特に要注意
- 対策はバランス設計・生命保険・遺留分放棄・付言事項の4本柱
- 父の偏愛は法律で覆されるため、事前の家族会議と配分設計が不可欠
親の愛情は相続で平等である必要はありませんが、遺留分は法律で保証された最低限の権利です。偏った贈与をする場合は、他の相続人への配慮を同時に仕組み化しなければ、「贈与された側が贈与財産を失う」という最悪の結末を招きます。贈与は家族全員の納得感とセットで初めて機能します。
誰に相談すべきか
- 税理士:遺留分試算・贈与税の計算・代償金の税務処理
- 弁護士:遺留分侵害額請求の交渉・訴訟・和解
- 司法書士:生前贈与の登記・代償金での不動産取得登記
- 公証役場:公正証書遺言・付言事項の設計
- 家庭裁判所:遺留分放棄の許可申立(生前対策)
- ファイナンシャルプランナー:代償金原資としての生命保険設計
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よくある質問
生前贈与も遺留分の計算に含まれますか?
はい、含まれます(民法第1044条)。相続開始前10年間の相続人への贈与、および相続開始前1年間のそれ以外の贈与が遺留分計算の「基礎財産」に加算されます。ただし遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与は期間制限なしで算入。本件のような高額な住宅贈与は、死亡の10年以内であれば確実に遺留分計算に含まれます。
遺留分はどれくらいの割合ですか?
法定相続人ごとに異なります(民法第1042条)。配偶者・子・直系尊属には遺留分があり、兄弟姉妹にはありません。総体的遺留分は(1)直系尊属のみが相続人の場合1/3、(2)それ以外は1/2。これに法定相続分を掛けたのが個別の遺留分です。例えば子2人のうち1人が全財産を相続した場合、もう1人の遺留分は1/2×1/2=1/4です。
遺留分侵害額請求は金銭でしか請求できませんか?
2019年7月1日からの民法改正で、遺留分請求は「金銭債権」に統一されました(民法第1046条)。改正前は不動産の持分請求等も可能でしたが、改正後は原則として金銭での支払いを請求する形になります。受贈者は現金がなければ贈与されたマンションなどを売却して支払う必要があり、本件のような悲劇が起きます。
偏った生前贈与を受けるべきではないのですか?
受けること自体は問題ありませんが、(1)他の相続人の遺留分を侵害しない範囲に抑える、(2)贈与時に現金を同時に留保し将来の代償金に備える、(3)受贈者が加入する生命保険等で代償金原資を確保、(4)遺言書で「遺留分の放棄」を家裁申立てする、等の対策を同時に講じるべきです。贈与のみで終わらせると本件のような事態を招きます。
- e-Gov法令検索「民法」第1042条・第1044条・第1046条・第1049条 — 遺留分制度と侵害額請求の根拠条文
- 法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について」 — 2019年相続法改正の公式解説
- 国税庁 タックスアンサー「譲渡所得の計算」 — 贈与マンション売却時の譲渡所得税の計算根拠
- 裁判所「遺留分放棄の許可」 — 生前の遺留分放棄申立て手続の案内
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